7人の遺灰は死刑執行後、米軍機で太平洋上にまかれた。
80年前の昭和21年5月から2年半続いた東京裁判(極東国際軍事裁判)。
「A級戦犯」とされた28人のうち7人が死刑、大半が終身刑となった。
起訴状の日付は「21年4月29日」。死刑執行日は「23年12月23日」。
前者は昭和天皇、後者は現在の上皇さまの誕生日にあたり、いずれも連合国軍総司令部(GHQ)の強烈な意趣返しだった。法廷となった東京・市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂では、天皇が座る正面の「玉座(ぎょくざ)」が撤去され、通訳席に使われた。